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東京高等裁判所 昭和38年(う)2612号 判決 1964年2月25日

控訴人 被告人 徳島陽

弁護人 池田操

検察官 磯山利雄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人池田操の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴趣意第一点の所論は、原判決の事実誤認を主張するので、記録を検討するのに、被害者渡辺春江の死亡か睡眠剤を呑んだ直接の結果ではなく睡眠剤そのものは致死量に達しなかつたために、それだけでは死の結果を招くことはなかつたが、昏眠中に被害者が寝返えりをうつて傍らの断崖から崖下に転落したために、胸部打撲による心臓損傷により死亡するに至つたものであること、および被告人は被害者と共に自殺を決意し、互に睡眠剤を呑んだとき、被害者が昏睡状態に陥つて寝返えりをうつてそこの崖に転落するだろうと予見し、またそのような予想のもとでことさらにそのような危険な場所を選定したものでないこと、すべて弁護人が主張するとおり、これを肯認することができる。しかしながら、記録によれば本件犯行の現場は海抜七十米の岩山の上であつて、そのような場所で睡眠剤を呑めば、昏睡中に寝返えりをうつて崖下に転落するであろうということは、実験則上予測されることであるから、被害者の死亡が、睡眠剤を呑んだことによる直接の結果ではなく、その間に被害者が昏睡状態に陥り、寝返えりを打つて崖下に転落したという事実が存在しても服薬と被害者の死亡の結果との間にはなお法律上の因果関係があるといわなければならない。これと異る見解に立つて、被告人の所為を自殺幇助未遂をもつて処罰すべきであると主張する論旨は採るを得ない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 兼平慶之助 判事 斎藤孝次 判事 関谷六郎)

弁護人池田操の控訴趣意第一点

第一点原審判決は犯罪認定に誤認がある。

即ち自殺幇助罪を認定したるは誤りであつて本件は自殺幇助未遂罪を以て処断すべきものである。原審判決は、被害者が服薬後、寝返りを為したるに因りてん落して死亡した事は認定している。原審は此のてん落死亡と被告人の幇助とに因果関係の存する事を認定している。然れ共原審の此の判定は誤認である。其理由は

一、被告人の幇助の意志は服薬に因り直接に死亡する事にあつたのである。てん落に因る死亡は予知していなかつたのである。

二、こんすい中に寝返りする事のある事は原審判決の認定を是認するも、寝返りのため、てん落した事実は、服薬の結果当然に生ずる常態の出来事ではない、偶々其の服薬場所が危険な場所であつた為めに、てん落したのである。即ち死亡の原因は、てん落した結果である。

三、被告人の幇助行為と、てん落という事実の因果関係の存在を原審は認定しているが誤りである。本件の死亡は、服薬のみでは、生じなかつた事は医師の証言と、被告人の生存という事実に仍て明かである。然らば、被告人の幇助行為は、服薬自殺を共謀し、服薬の実行を容易ならしめたるものであつて、それ以上の行為はない。而して、服薬と、てん落との関係は、服薬の結果、当然てん落するという事実は常識上有り得ない。偶然てん落という事実が起つたのである。本件は結局、服薬の結果でなく、てん落のために死亡したるもので、てん落に対する被告人の幇助行為は全くない。てん落の発生は偶々場所の関係であつて、此の場所さへ、なかつたら、てん落死亡はなかつたのである、此の場所を選んだ事は幇助の内容には含まれてない、単に人の来ない所を選んだもので、自殺幇助行為の前の行為である。

以上の理由により、服薬と死亡の結果とは因果関係の存しない事は明かである。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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